こんにちは。うりぼうです。
今回は、山梨県にある瑞牆山(みずがきやま)に初めて行った時の話です。
瑞牆山は、切り立った巨石群が特徴的な、奥秩父山塊の西側にある山です。
100名山の一つでもあり、休日には多くの登山者が訪れる人気の山です。
寝坊の朝
当日は寝坊してしまったので、鈍行で行くことを諦めて特急あずさに乗り込みました。
韮崎駅から、登山口の瑞牆山荘まではバスで一時間ほどです。
あずさのおかげで始発のバスに間に合いそうです。
電車を降りるとバスの時間まで少しだけ時間があったので、駅の売店でゆで卵を買いました。
バス停のベンチに座ってゆで卵を食べながら、バスを待ちました。
平日だったのでバスの始発と最終の間が5時間弱しかなく、しかも瑞牆山荘からの標準コースタイムが4時間40分ということで、今日はかなりタイトな日程です。
山を歩くことにもだいぶ慣れてきていたので、標準よりは少し早く歩けると計算して、休憩はほとんど取らずに下りてくる予定でした。
運転士さんが、私を含め5人ほどの乗客に「最後のバスが15時だから、日帰りの方は気をつけてね」と親切に声をかけてくれました。
登山開始
瑞牆山荘の外のトイレを借り、靴ひもを締めなおして、いざ出発です。
エンジンがかかるまではのろのろとカタツムリのように進みます。
大きなザックを持った人たちがすいすいと登っていきます。
一泊するのかな、とその背中を眺めながら呼吸が乱れないようにゆっくり歩きます。
私と同じくらいのザックを持った女性二人組がその少し後ろを楽しそうにおしゃべりしながら歩いています。
程なくして、富士見平小屋という山小屋に着きました。
外の広場には数人の泊り客らしき人たちがいて、それぞれ思い思いの場所でくつろいでいます。
富士見平小屋で出している料理や飲み物のおいしそうなメニューを外で少し眺めてから、先を急ぎます。
黙々と歩き続け、気づくといつの間にか周りには誰もいなくなっていました。
平日に山に来ると特に感じることなのかもしれませんが、自分の登山靴が地面を踏みしめる音、自分の息遣い、木々が風に揺れる音、鳥の声などが、大きく聞こえるような気がしてきます。
山奥にたった一人、というなんとも言えない心細さを感じますが、普段の生活では感じることのできない強烈な解放感もあります。
そんなことを考えているうちに、いよいよ山頂に向かって道が険しくなってきました。
もう考え事をしている余裕はありません。
次々に出てくる大きな岩をよじ登りながら、次はそこに右手をかけて、左足をあげて、膝をこすらないように、いてて、つりそう、と目の前のことに集中せざるを得ない状況です。
岩の道が途切れ、一息ついた時でした。
あれ?足が動かない…
急に、前にも後ろにも進めなくなってしまいました。
足元を見ますが、足はついています。
狭い登山道に立ち尽くして、自分がどうなってしまったのかと必死に分析します。
(今の岩登りで、精神的に参ってしまったのだろうか?いや、大変ではあったけど高度感もなく、別に恐怖感はなかった。それ以外だと、なんだろう…)
とりあえず、ザックを地面におろして水を飲んでみました。
手で足を触ってみます。
痛みなどはなく、手が触っている感覚もあります。
でも、足が動く気配はありません。
脳からの命令がうまくいっていないようです。
他の登山者が来た時のためにせめて端に寄りたいのですが、見晴らしもよくなく休憩を取るにはなんとも妙な場所で、しかも道の真ん中で動けなくなってしまったことに焦っていました。
登山口からは、もうすぐ2時間というところだったので、おそらく山頂まではあと少しでしょう。
私の後ろには誰もいなかったので、いるとすればさっきの女性二人組が山頂辺りにいるかな、というところです。
大きなザックの男性2人は、それぞれ富士見平小屋へ入っていったのを見ています。
時間的に、そのあとのバスでここまで登ってくる人はほとんどいないはずです。
(参ったな…)
スマホを見ると、圏外です。
「ソロ登山は全てが自己責任。足が折れても下ってくる覚悟で。それができないならソロ登山はやめておきましょう」
本か、どこかのサイトで読んだ言葉が脳裏に浮かびます。
(落ち着け。最悪の場合でも食料はある。有名な山だから、明日もきっと誰かしら登ってくる。このまま動けない場合は、恥を忍んで救助をお願いするしかない…)
とりあえず食糧を確認しようと、ザックの中身を広げます。
そういえば、今日は寝坊して、駅の売店で買ったゆで卵を一つ食べただけでした。
空腹感は感じていませんでしたが、水分代わりにザックから出てきたハイカロリーのゼリー飲料をなんとなく口にしました。
今思うと、緊張の連続で空腹を感じる暇がなく、とっくに通り越していたのだと思います。
スマホの充電が減ったら夜心細いだろうな、と思い、電源を落としました。
腕時計を見ると、帰りのバスまではあと3時間を切っています。
(運転士さん、「日帰りの荷物だった人が一人戻ってきてないよ」って気づいてくれないかな…でも行きと同じ人とは限らないか…。)
(しかも身軽な荷物でも泊まれる山荘もあったから、日帰りじゃなかったと思われればそれまでか…)
ザックの中にはお菓子やドリップコーヒー、ガスバーナーなどが入っていましたが、防寒できるようなものはありません。
ここの夜の寒さがどれくらいなのか見当がつきません。
瑞牆山の山頂の標高が2230mなので、今いる場所はおそらくすでに2000mは超えているでしょう。
「高さが100m上がると気温は0.6℃下がる」と小学校の理科で習ったのを思い出してざっと計算します。
季節は秋でした。
10月の韮崎の平地の夜の気温がだいたい12℃くらいと仮定すると、え…0℃?!
これは…防寒着があっても危険な時期じゃないか…。
そんな恐怖を実感して、思わず足をもう一度動かしてみました。
動いた!
ドキドキしながら、逆の足も上げてみます。
動く!
その場で足踏みをして、痛みがないか、違和感がないかを念入りに確かめます。
大丈夫そうです。
このまま、山頂へ行くか、それとも下るか。
立ち尽くしていた時間は正味10分ほどでした。
山頂へ
その時、上から話し声が聞こえてきました。
朝バスが一緒だった女性二人組です。
「こんにちは。山頂までどのくらいですか」
声をかけると、女性二人組は「すぐそこですよ。登りでも10分もかからないと思います」と教えてくれました。
時計を見て、少しなら大丈夫、と判断して山頂へ向かいます。
実際に、5分ほどで山頂へ着きました。
さえぎるもののない山頂には強い風が吹いていましたが、360度の眺望がそれまでの不安や恐怖を労うように私を迎えてくれました。
岩と岩の間にバーナーを置いて、コーヒーを沸かします。
コーヒーを飲みながら、さっきのは一体なんだったのだろうか、と考えます。
チョコレートや柿の種を食べて、ザックを軽くする代わりに体重を増やします。
せっかくの眺望を独り占めできたので、もう少しいたかったのですが、足のことやバスの時間を考えて早々に下ります。
このまま足が動き続けますように
大きな岩に、時にしりもちをつきながら、足が動き続けてくれますように、と慎重に下りました。
バス停から歩いてすぐの富士見平小屋が見えた時、なんとか人のいる場所に戻ってこられたことに安堵しかけました。
しかし、もしかしたらその安堵感が足を動かなくさせる要因かもしれないと心配になり、気を抜かずに足を動かし続けてバス停を目指しました。
遠くにバスの姿を見つけ、手を振りたくなる衝動にかられました。
(おーい!無事に帰ってきたよー!)
と、迎えに来てくれたバスに心の中で叫んで、走り出しそうになりました。
実際には、のろのろと歩いて何事もなかったような顔をしてバスに乗り込みました。
バスの一番後ろの席に座り、足を伸ばしてぐったりとこのまま寝てしまおうと思っていました。
少しウトウトし始めた時に、車内アナウンスがありました。
「皆さま、右手をご覧ください。今日は八ヶ岳がとても綺麗に見えています」
私と、二人組の女性しか乗っていなかったのですが、右側の窓から見える八ヶ岳に3人の「わぁ…!!」という息を飲むような声が聞こえていました。
乗っていたバスは観光バスではなく、あくまでも地域を走る路線バスだったのですが、数人の瑞牆山登山者だけという特殊な状況だったため、運転士さんのサービスのアナウンスだったのでしょう。
粋な計らいに、二人組女性も私も口々にお礼を言いました。
運転士さんは、私たちの言葉ににこにこして「また韮崎に来てね」と言ってくれました。
二人組女性と別れて、駅の近くのお土産屋さんに寄りました。
フルーツがたくさん置いてあったので、安く売ってた小さい粒のシャインマスカットを買いました。
帰りの電車も特急あずさを狙い、席も確保できたので座席に沈み込みました。
家に帰ってから冷やして食べようと思っていたシャインマスカットを少し食べてみました。
小粒でも甘くて瑞々しく、今日の疲れがじわっと溶けていくようでした。
動けなくなった理由
翌日、職場の山の先輩に、瑞牆山に行ったと話しました。
途中で動けなくなったこと、痛みや違和感はなく、ゼリー飲料を飲んでしばらくするとまた動けるようになったことを話すと、先輩は「それはたぶんシャリバテかもね」と言っていました。
シャリバテ?なんですかそれ?と聞くと、「低血糖だよ。ろくに食べないで動き続けてたんでしょう。ゼリー飲料はいい選択だったね。すぐにエネルギーに代わるから」とのことでした。
その時は何も考えておらず、動かない足に焦っていたこともあって、固形物を口に入れられるような気分ではなかったということは黙っていました。
家に帰って、自分でも調べてみました。
「シャリバテ」は登山用語だそうです。
他の言葉だと、「ハンガーノック」という言葉がほぼ同じ意味かと思います。
先輩の言っていたように、いわゆる低血糖状態のことだそうです。
生まれて初めて経験した状態で、自分の体が自分の思い通りに動かないことにものすごく恐怖を覚えました。
動けなくなった時になんとなく口にしたハイカロリーのゼリー飲料が、たまたまエネルギー変換が早く即効性があったようです。
これが別のものを口にしていたとしたら、エネルギーに代わるまでの時間が変わってくるので10分では動けなかったかもしれません。
歩きながら、ちょこちょこと何か食べ続けることもいいよ、とその先輩は教えてくれました。
長時間歩き続ける行程の時は、歩きながら食べられる行動食というものをポケットに入れて歩くこともあるそうです。
「行動食」と、いろいろな食べ物のエネルギー変換に要する時間を調べて、二度と足が動かなくならないように頭に叩き込みました。
今回の教訓は
- 朝食はしっかり食べる
- 歩いてる途中でも食べる
- 無事戻ったらまた食べる
です。
食べてばっかりですけどね。
登山は自分が思っていた以上に消費カロリーが大きいようです。
運動してあまり食べなければダイエットになる、とカロリーを控えたくなる気もしますが、今回のことで、必要なカロリーを取らないことで起こる恐怖がよくわかりました。
ソロで登ることも多いので、体の管理もしっかりやろう、と改めて思いました。
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